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名優・岸部一徳のロックな過去@ベースがうますぎた件

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「99・9―刑事専門弁護士―」(TBS)の第2回目の
平均視聴率が19・1%を記録。
今年の民放連続ドラマの1位となりました。

このドラマで、異彩を放っているのが、
弁護士事務所の所長・斑目春彦を演じる岸部一徳さんです。

・出典元:岸部 一徳|日本タレント名鑑

ドラマを観た人からは絶賛の声が上がっています。

岸部一徳さんと言えば、
今やドラマ界には欠かせないナンバーワンバイプレーヤー。

「相棒」の小野田公顕役や
「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」の神原晶役でも
すっかりおなじみの俳優さんです。

そんな岸部さん、かつてグループサウンズの時代、
タイガースというバンドでベースを弾いていたことを
年配の人ならご存じだと思います。

しかも、その腕前はピカイチで、
日本を代表するベーシストとして知られる
後藤次利さんにベースを教えたのが、岸部さんなんです。

そこで、岸部一徳さんのロックな過去をご紹介したいと思います。

ベーシスト岸部一徳のプロフィール

岸部さんは、1947年1月9日京都生まれ。
本名は岸部修三(きしべ おさみ)です。

1965年、「サリーとプレイボーイズ」を結成。
このバンドはのちの「ザ・タイガース」のルーツでした。

バンド名のサリーは、身長181センチという長身の岸部さんが、
当時のロックナンバー「ロング・トール・サリー」(のっぽのサリー)から
「サリー」と呼ばれていたことに由来します。

1966年、沢田研二さんをボーカルにして
バンド名を「ファニーズ」に改名。

1967年、「ザ・タイガース」というバンド名で、
「僕のマリー」でデビューしました。

その後はグループサウンズブームに乗って、
「ザ・タイガース」は大人気バンドとなり、
解散するまで「GSの王者」として君臨しました。

タイガース解散後は、PYGや井上堯之バンドにベーシストとして参加。
その腕前は高く評価されました。

岸部一徳のベースの腕前

当時岸部さんが使っていたベースは、
バイオリン型のカール・ヘフナーというベース。
これはビートルズ時代のポール・マッカートニーが
使っていたのと同じメーカーのものです。


Hofner 《ヘフナー》 Limited Vintage62 World History Premium BKBND (SB)

岸部さんのベースのうまさが際だっている曲が
「美しき愛の掟」というナンバーです。

タイガース ベスト モナリザの微笑 銀河のロマンス 花の首飾り 君だけに愛を 僕のマリー シー・サイド・バウンド シー・シー・シー 廃墟の鳩 青い鳥 美しき愛の掟 嘆き スマイル・フォー・ミー SBB-304

YouTubeにもアップされていますが、
著作権の問題があるので、ここでは紹介しません。
聴きたい方は、ご自身で探してみてください。

さらに、岸部さんの腕前を物語るこんな逸話もあります。

あのレッド・ツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズさんが、
来日したときに岸部さんのベース演奏に感動し、会いたがったというのです。

“初めて日本に行ったとき、「PYG」という日本のバンドをテレビで見た。
そして、俺達の「Babe I Gonna Leave You」をやっていたんだ。
ボーカルは冴えない奴だったが、ベースの奴はとんでもないスゴ腕でね。
俺よりもいいんじゃないかと思ったぐらいだ。
会いたかったんだが、結局会えずじまいだった。
後にテツ(山内テツ)に会った時に「あれはお前か」と
聞いたんだが、テツではなかったらしいよ。

・引用:雑誌「プレイヤー」(1981年)のインタビュー

岸部さんは、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、
ブラック・サバスといったハードロックを志向していましたが、
その後は井上堯之バンドでベーシストを務めました。

あの有名な「太陽にほえろ」のオープニング曲の
ベースも岸部さんの演奏です。

まとめ

ということで、岸部さんのロックな過去についてご紹介しました。

岸部さんのエピソードについては、
ネットで弟のシローさんや奥さんの話なども
紹介されていますが、ここでは割愛させてもらいます。

この記事ではあくまでのベース演奏者・岸部一徳にこだわって書きました。

往年のファンには懐かしい話だったと思いますが、
岸部さんのベーシスト時代を知らない若い人にも、
興味を持って頂けたのではないでしょうか?

コチラの記事もどうぞ!→ 幻のロックバンド「PYG」が伝説になっている件

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