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ぶっ飛び脳外科医デザイナーDr.まあやの深イイ名言

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Dr.まあやが28日放送の「人生が変わる1分間の深イイ話」(日本テレビ)に出演。
その私生活を披露しました。

医者の仕事の合間にデザインの仕事をするんだけど、
その素性を隠しているため、医者の仕事をするときは、
七色に染めたド派手な髪の上に黒髪のカツラをかぶること。

これには思わず大笑い!
おいおい、フツーは逆だろ!
と、思わずツッコミを入れたくなりました。

体重102kgの彼女は患者から
「あんたにだけは痩せろと言われたくない!」
と言われるそうです。

これも思わず爆笑しました。

以前出演したマツコさんの番組では、
「人を縫うより服を縫いたい脳外科医」
と、紹介されていました(笑)

そんな彼女の深イイ名言は・・・

「人生で迷ったときは面白いか面白くないかで決める」
「脳外科医とデザイナーをやっているのは
世界中で自分しかいない!オモシレ〜」

出典:Dr.まあやデザイン研究所

そんなDr.まあやとはどんな人物なのか?
いろいろと調べてみました。

Dr.まあやさんのプロフィール

本名:折居 麻綾(おりい まあや)
生年月日:1975年??月??日
出身大学:岩手医科大
年齢:40歳
身長:149cm
体重:102Kg

東京で生まれで岩手県北上市で育ったそうです。
医者を目指したのは、祖父が開業医だったから。

中学生の時に祖母に
「お前はブサイクで結婚できないだろうから
手に職を持ったほうがいい」と言われて、
医者になったそうです。

Dr.まあやさんがデザイナーになった理由

ファッションデザイナーを目指そうと決めたのは、34歳のとき。
まあやさんはそのときのことをこう振り返っています。

当時、折居さんは、脳外科専門医として
医局で働きながら大学院に通っていた。

しかし、脳外科の中のどの分野を極めていけば
よいのか悩んでいたという。

そのとき、頭の中に、自分の未来がいとも簡単に描けてしまった。

「脳外科の専門医として、病院を転々として、
ある病院で定年を迎える。
その後は、その病院の近くの老人施設の施設長になります。

私は、近くのマンンションに住んでいるのですが、
ある日孤独死するのです。

施設の職員の人たちが
『今日、先生来ないね。どうしたんだろう』と言い出して、
事務局長が警察立会いのもとに、マンションのドアを開けると、
私が死んでいる。という光景がまざまざと見えました」

引用元:HEALTH PRESS

まあやさんがデザイナーになるまで

そして、まあやさんは、電車の中で、
「海外芸術大学留学科オープンキャンパス」
というポスターを見て留学を決意。

資金を貯めるために、当直医のアルバイトをしながら、
外国語の専門学校に1年間通学し、
世界三大ファッション大学のひとつである
ロンドンの「セントラル・セント・マーチンズ」に入学しました。

帰国後は大学病院で脳外科医として週4日働き、
週3日はファッションデザインにあてているそうです。

まあやさんは、篠原ともえのスタイリストとして有名な大園蓮珠氏の
アシスタントを2年余りつとめています。

40歳を前に下積み生活をするのは、
なかなかできることじゃないですが、
まあやさんはこう言っています。

「自分がやりたいことのためなので、
やらざるを得ません。
下積みをせずに上に行く人も増えていますが、
それは卓越した能力がある人たちです」

引用元:HEALTH PRESS

尊敬するデザイナーは、
コムデギャルソンの川久保玲さんだという
まあやさんは、今後について・・・

「とにかく作り続けることだと思っています。
作り続けていれば、気づいてもらえる。
そして10年後も、脳外科医とファッションデザイナーを
両立していたいですね。
デザイナーとして、ロンドンやパリ、ニューヨークで
作品を発表できるようになっていたいというのが目標です」

引用元:HEALTH PRESS

いやはや、何とも素敵な生き方・・・
見習いたいものですね。

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