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鹿児島おはら祭 2016年の日程と見どころ

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おはら祭は、鹿児島県鹿児島市で例年11月2日、3日にわたって行われるおまつりです。

鹿児島おはら祭 2016年の日程

2016年も11月2日(水)、11月3日(木)に開催されます。

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おはら祭は、昭和24年に市制施行60周年を記念して始まり、南九州最大の祭りとして発展してきています。

高見馬場交差点からいづろ交差点を通り桟橋通りまで、2万人を超える踊り手が、鹿児島を代表する民謡「おはら節」や「鹿児島ハンヤ節」「渋谷音頭」にあわせて練り踊る「総踊り」を中心に、躍動感あふれるダンス「オハラ21」、「パレード・マーチング&伝統芸能」、多くの子どもたちでにぎわう「YOU遊広場」など、いろいろな催しが行われます。

祭りは本祭りの前夜に行われる夜祭りと、本祭りがあります。

もともと戦前から鹿児島市内では祭りや盆踊りが盛んでしたが、戦火にのみ込まれて多くの祭りは太平洋戦争で中断していました。
1945年(昭和20年)3月18日から8月6日にかけて米軍による計8回の無差別空襲で市内の93%が焼失し、多くの神社や寺も焼失して祭りどころではなくなりました。

しかし、戦後4年が経った1949年(昭和24年)、鹿児島市制60周年を記念して町の復興に燃える市民の手により、新たにおはら祭が始まりました。

スタート当初は自動車仮装パレードも行われていたそうです。

また、1983年(昭和58年)には、戦後再建された照国神社の人形市も縁起初市として復活しています。

鹿児島おはら祭の歴史と由来

おはら祭の名前の由来は、鹿児島の代表的民謡「おはら節」からきています。
この民謡が生まれた一節として、江戸時代の初めに、日向国・安久(現・宮崎県都城市)の武士が陣中で唄った唄を、鹿児島の原良(はらら)の武士が、帰国後、歌詞を作って歌い始め、それが鹿児島一円に広がるにつれ、原良に「お(小)」が付いて「小原良(オハラ)節」と呼ばれるようになりましたとされています。
この「おはら祭」は、昭和24年に「鹿児島市政60周年」を記念して始まり、鹿児島市とともに発展を遂げ、鹿児島の秋の風物詩として定着しました。
総勢2万人を超える踊り手が、南九州随一の繁華街「天文館」一帯を練り踊る様子は圧巻で、鹿児島の人々の情熱や温かさ・優しさを肌で感じる場面に数多く出会います。

またこのおはら祭は、東京・渋谷でも再現されています。

一見、何の関係もなさそうな渋谷と鹿児島ですが、昔から深い結びつきがあり、その縁で本祭りが開催されています。

鎌倉時代、渋谷一帯を治めていた一族が薩摩・島津家の軍門に下ったことからはじまり、渋谷区にある東郷神社は鹿児島で生まれた東郷平八郎元帥がご神体になっています。
渋谷区広尾には薩摩藩渋谷藩邸があり、篤姫はここから江戸城へ輿入れしたといわれています。

また、ハチ公の初代銅像を造った彫刻家・故安藤照氏は鹿児島出身です。
このおはら祭が始まった当時の渋谷区長が鹿児島県人の血を引く方だったことも大きな要因だといえます。

「渋谷・鹿児島おはら祭」も、その流れをくむ「ふるさとへの思い」を強くする祭りで、当時の渋谷区長と谷村会長のご尽力で平成10年4月に始まった踊りパレードです。

渋谷・鹿児島おはら祭は毎年5月中旬の土曜日・日曜日に、渋谷109前を交通止めにして、道玄坂・文化村通りをメイン会場に開催されます。
関東連・鹿児島連の64連、約2,300人の踊り手が「おはら節」、「渋谷音頭」、「ハンヤ節」、「TOKYOオハラ」を踊りながらパレードを繰り広げます。
また、沿道では、鹿児島の物産展や観光案内なども開かれています。
平成12年には、渋谷区と鹿児島市で防災協定が締結されて「絆」がより深まり、これまで以上に交流が広がることが期待されています。

鹿児島の魅力があふれるおはら祭。
ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

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