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大原はだか祭り 2015年の日程と見どころ

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関東随一と言われる、外房大原はだか祭り。
2015年も9月23日、24日の二日間にわたって行われます。

地域中が一体となって盛り上がる伝統のはだか祭りは、毎年秋に行われ、江戸時代から続いてきました。

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江戸時代には娯楽も少なかったため、この年一回のお祭りを住民は最大の楽しみにしていたそうです。

当時は仕事の忙しさから、住民の気持ちがばらばらになりがちでした。
しかしこのお祭りで、住民の集団行動と意志疎通をはかることができ、今の時代まで受け継がれてきた大変重要なイベントに発展していったのです。

はだか祭りの見どころは「汐ふみ」

初日の23日に神輿十社は親神である鹿島神社に参集、法楽施行し、午後に大原漁港に向かいます。

東海・浪花両地区の神輿もそれぞれの地区の行事後同じく大原漁港へ集結し、十八社がそろって五穀豊穣漁祈願ののち「汐ふみ」の行事に移ります。

この「汐ふみ」が、まさにはだか祭りの見所の一つです。

神輿が数社海に入り、海の中を駆け巡り荒渡を受けながらもみあい、投げ上げられる姿は、勇壮豪快の一言につきます。

汐ふみ行事後は、木戸酒造前に全部の神輿がそろい、社ごとに並列で唄い踊り、もみあって大原小校庭へ向かいます。

その間、大原中央商店街通り約一キロの区間は、人と神輿で理まり祭り一色になっています。

大原小学校に入った神輿は、お互いに競争するように力の限り校庭内を駆け回ります。
この頃になると、日も落ち薄暗くなった校庭に提灯の灯が幾重にも灯り、幻想的な雰囲気をかもしだしています。

大原はだか祭りのクライマックスは神輿の放り投げ

全神輿が入場すると校庭が神輿・氏子・観衆で埋めつくされると、いよいよ大原はだか祭りのクライマックスを迎えます。
各神輿が駆け終り神輿を何度となく、高々と放り投げ、受け止め、投げ上げ、二社三社と寄り添うと花火が夜空を彩るのを合図に、大別れの儀式が始まるのです。

「若けもんども別れがつらい会うて別れがなけりゃよい」と唄い、さきほどの荒々しさとはうってかわり別れを惜しみます。

大原はだか祭りの祭り唄は古くから唄われ、神輿がもみあい移動する時に唄われています。

その時その時の時代や地域に合った唄が生まれ、今も祭り唄の替え歌ができたり、唄い易いように変わったりしていますが、調子は昔のまま唄い継がれており、歴史を感じさせます。

この大別れ式が終わると、それぞれの神輿は、午後10時ごろまで商店街でもみあいます。
翌日の24日は、午前中白由渡御し、商店街通りを練り歩き、大原小学校に向かい大別れ式に臨みます。
この日は来年のお祭りまで、しばらくの間神輿との別れを借しむ人たちが遅くまで御輿をもんだ後、甚句や木遣によって宮入りとなります。

また、このはだか祭りの模様は、例年10月頃に千葉テレビ放送で1時間枠で放送されます。

はだか祭りでは、神輿は担ぎません。
腕に抱えてもつという感じで、早歩きで移動するのです。
二日間で50キロ~100キロ歩き走るようです。

祭りが終わった後の筋肉痛は、どんなスポーツでも味わえないくらい辛く、声はガラガラ、体はきしきしになる人がほとんどのようです。

それでも祭りが終わった後は、住民みんな来年のお祭りまであと365日・・364日・・と心の中で数えているくらい祭りが大好きなのです。

修学旅行のバスの中は、祭り唄を歌う男子は必ずいます。
小学校では、運動会でダンボールでつくった神輿でお祭りのまねごとをします。
中学校では、運動会が終わるとなぜかドラム缶の太鼓を神輿と勘違いし、大別れを勝手に始めてしまいます。

そのくらい大原人とお祭りは密接なのです。
祭りのために1年間頑張って働くんだ!と公言している人は数知れずです。

海の男たちの情熱と優しさの両面を十分に感じることのできる、このはだか祭り。
熱心なファンも多く、毎年多くの観衆でにぎわっています。

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